悟りに向かう人

人は誰でもいつかは悟りへと向かわなければならないのであり、また、自分自身は気付かなくとも、結局は皆そちらに向かう途中にあるのです。

しかしながら悟りに関心を持ったり、その道を求めたりするのはごく一部の人で、多くの人は悟りについて全く関心がありません。

少なくとも悟りを求める人は、人生の何らかの過程―虚無という過程―を精神的に乗り越えてきた人たちです。

彼らは究極的な本質の世界や、人の生死の問題について疑問を持ち始めます。そして、結局は悟りの方へ向かわなければならないということを自らが自覚するに至ります。

次のような例えで説明しましょう。

すべての人は大きく分けて、花の状態にある人、実の状態にある人、そして実から種のほうに向かう人に分けられます。

花の状態にある人は、自分のやり方で自己完成を目標に進む人です。彼らは自分自身を花咲かせることだけに関心があります。しかし花はいつの日にかは枯れて落ちなければなりません。

そうやって落ちていくことを経験した人、そのような人は実に向かう人です。我々は彼らを求道者と呼ぶことができます。そのような意味において、悟りについて内面的に関心が深く、またその道を求める人を、上根機(仏の教えを受け入れる性質のすぐれた者)だと言うことができます。


「悟りの瞬間」素空慈著 塩田今日子訳 地湧社刊
posted by Only Sir at 18:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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