真の悟りとは(4)


昔、中国の洞山和尚は、次のように言った。

それを他の場所で探すな。
そうすれば、私から逃げるだけである。
今や私一人で歩いても
どこでもそれと会うだろう。
それは今、私であるが、
私は今、まさにそれではない。
これを悟ってこそ
常に「そのような私」と真に結ばれる。



それを他の場所で探すな。
そうすれば、私から逃げるだけである。


他の場所で探すようになると、結局、心の像のみが
さらに増え、当体を探すことがより難しくなる。

今や私一人で歩いても
どこでもそれと会うだろう。


心の当体は、今この文を読んでいる
その心の中にも、どこにでもあり、

それは今、私であるが、
私は今、まさにそれではない。


文を読むのを少し止めて考えてみよう。
私は誰なのか?という、その心の当体が即ち真の「それ」であるが、
そうかといって、私は今誰なのか?という
その形象が、即ち「それ」ではない。

これを悟ってこそ、
常に「そのような私」と真に結ばれる。


この点をはっきり分かってこそ、
当体を真に認識することができるのである。

では、多くの人が悟りを求めても、
悟ることができないのは、なぜなのだろうか?

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posted by Only Sir at 10:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 真の悟りとは
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