真の悟りとは(5)


多くの人が悟りを求めても、
悟ることができないのはなぜなのだろうか?

一つ目の理由は、
自分のためにやるところにある。

我々人間が自分と感じている「自己」は、
認識された像であり、その当体ではないので、
自己のために知ろうとすれば、それがまた別の形象となるため
決して悟ることはできない。

偽りの悟りや、多くの人々が悟ることのできない
最も大きな理由は、まさにこのためである。

二つ目の理由は、
師匠がいなくても良いのだが、師匠がいるときには、
師匠と一つにならなければならない。


大きく悟る人は、知ろうとする努力を通じて
宇宙からその答えを探す。
だが、師匠がいるときには、師匠が即ち答えであるので、
師匠と一つにならなければならない。

師匠は当体を知り、当体を用いて生きている人である。
従って、師匠の前で自己を下げれば、まさに師匠の当体を
感じることができるようになる。

このとき、師匠の当体から感じられる波動の力を
昔のインド人たちは、「ラティハン」と言った。

師匠に背を向けようとする自己を下げることによって
師匠から当体を感じることができるのである。

結局、この当体は、宇宙本然の姿と同じように、
心の形象が起こることによって、
森羅万象が展開してゆくのである。

悟った人と、知によって知っている人の違いは、
それぞれが表現する文を見れば分かる。


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posted by GOLDEN KID at 15:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 真の悟りとは
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