真の悟りとは(7)


悟っていない臥輪と、悟った慧能の詩を見てみよう。

《臥輪》
臥輪は特別な技量があり
百千の思いを一息に断ち切るゆえに
どんな境遇に対しても心を動かすことがなく
心の中に菩提樹が日に日に育つ

《慧能》
慧能は特別な技量がなく
百千の思いを断つことができないゆえに
どんな境遇に対しても心を動かし
菩提樹がどうして育とうか


臥輪は特別な技量があり
百千の思いを一息に断ち切る


百千の思いを断ち切れるというのは、即ち、死にすぎない。
従って、六祖慧能は、

慧能は特別な技量がなく
百千の思いを断つことができない


と言った。そして、

どんな境遇に対しても心を動かすことがなく
心の中に菩提樹が日に日に育つ


心が動かず、当体を感じる感覚が日に日に育てば、
それもまた、煩悩ではないだろうか?

そこで慧能は、次のように言った。

どんな境遇に対しても心を動かし
菩提樹がどうして育とうか



臥輪の詩は、本質の世界に向かうものであるが、
慧能の詩は、本質の世界から出てきたものである。

結局、悟った人は、どのような想念がわき起こっても、
そこに囚われ、当体を見失わない人なのである。


雲門禅師は、悟りについて次のように要約して話した。


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posted by GOLDEN KID at 17:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 真の悟りとは
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