悟りの世界

今、私たちは、霊魂の新しい時代を迎えようとしています。今や私たちは、我々の苦痛や不幸が我々の内面にある牢獄によって引き起こされているということを徐々に自覚する重要な時期にさしかかっています。

今や私たちは自分から抜け出して、宇宙それ自体の世界に入ろうとする過程にあります。私が広めている教えは、その道を皆さんに提示し、皆さんがその道を歩いていけるように助けるためのものなのです。

昔から、この道を我がものとしたたくさんの聖者たちがおりました。彼らはいつの時代にもいたのです。時には尊敬され、あるいは迫害を受けつつも、彼らはその道を多くの人たちに知らせようとしました。それを釈迦は「悟り」、イエスは「天国」、またある人は「神の世界」と呼んだのです。

しかし周囲の人々は、それが何のことか分かりませんでした。それをまたしても、自分の窓枠の世界に置き換えてしまったのです。

たとえばそれが悟りだと聞いた人たちは、「悟らなくてはならない」と信じており、また、天国だと信じている人たちは、そのように信じている信仰がすなわち天国だと思っています。人々は神の世界に入れないまま、天国と悟りの世界を分別し、また自分なりに評価しています。

もし皆さんが神の世界はそんなものではないと信じているならば、皆さんは今こそもう一度、深く考えてみる必要があります。

「私が信じているのは本当の神の世界ではなく、私が知っている、私の神の世界ではないか」と・・・。


「悟りの瞬間」素空慈著 塩田今日子訳 地湧社刊

タグ:禅 悟り
posted by Only Sir at 19:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

悟りに向かう人

人は誰でもいつかは悟りへと向かわなければならないのであり、また、自分自身は気付かなくとも、結局は皆そちらに向かう途中にあるのです。

しかしながら悟りに関心を持ったり、その道を求めたりするのはごく一部の人で、多くの人は悟りについて全く関心がありません。

少なくとも悟りを求める人は、人生の何らかの過程―虚無という過程―を精神的に乗り越えてきた人たちです。

彼らは究極的な本質の世界や、人の生死の問題について疑問を持ち始めます。そして、結局は悟りの方へ向かわなければならないということを自らが自覚するに至ります。

次のような例えで説明しましょう。

すべての人は大きく分けて、花の状態にある人、実の状態にある人、そして実から種のほうに向かう人に分けられます。

花の状態にある人は、自分のやり方で自己完成を目標に進む人です。彼らは自分自身を花咲かせることだけに関心があります。しかし花はいつの日にかは枯れて落ちなければなりません。

そうやって落ちていくことを経験した人、そのような人は実に向かう人です。我々は彼らを求道者と呼ぶことができます。そのような意味において、悟りについて内面的に関心が深く、またその道を求める人を、上根機(仏の教えを受け入れる性質のすぐれた者)だと言うことができます。


「悟りの瞬間」素空慈著 塩田今日子訳 地湧社刊
posted by Only Sir at 18:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

禅の神秘『伝灯録』

Q.先生が大衆に教えるための最初のテキストとして『伝灯録』をお選びになった理由と、その必要性についてお話ください。

歴史上に存在する教典、たとえばインドのヴェーダ、ウパニシャッド、老子の道徳経、バガヴァッドギーター、仏教の経典、聖書、孔子の易経など・・・。これらは悟りの状態を説明したり、悟りの状態に入ってその世界から流れ出てくるメッセージを記録したり、悟りをもってこの世を治めることについて説明したりしたものです。

このように、すべての教典は悟りの状態やその結果を記述したものですが、『伝灯録』は、一人の人間が、彼の師の前で今まさに悟ろうとする、状態の変化の決定的瞬間を記録した大変重要な経典です。

変化が起ころうとしているその頂点の状態をトンと突いてやることによって、卵が鶏になり、さなぎが蝶になり、おたまじゃくしが蛙になるように・・・、一方は完全に死に、もう一方は変化して現れるその決定的なポイント・・・、その頂点を教えたのが『伝灯録』の内容であります。これこそが禅門における最も正統な脈なのです。

人が普通、禅と思っているような―結跏趺坐して座禅するような―ものだけが禅なのではありません。本当の禅とは、その頂点において師と弟子とが互いに秘かに伝え合い、一つの世界に入っていくことであり、殻を突いて闇から光へ転換する、その間を教えることこそが禅なのです。

そのような光を、師匠から弟子へと伝えてきた技術こそが禅なのであり、その技術から生まれた言語、身振り、技巧といったものを纏めて伝えているのがこの『伝灯録』なのです。


「悟りの瞬間」素空慈著 塩田今日子訳 地湧社刊



タグ: 仏教 悟り
posted by Only Sir at 14:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

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