究極の幸福


人はなぜ、自ら幸福になることができないのでしょうか。
なぜ人は、何不自由ない豊かさの中にあっても、
自ら幸福を享受することができないのでしょうか。

数多くの哲学者たちがこれについて明らかにしようとしたし、
数多くの科学者たちも科学的な方法で彼らなりに努力を
傾けてきたけれども、誰ひとりとして明確な解答は
得られませんでした。

時にはフロイトのような人が現れて、人間の精神的な領域から
この問題に取り組みましたが、彼もやはり明らかにはできませんでした。
また多くの聖者たちも自ら得た光をもって人々を救おうとしましたが、
それでも多くの人々を完璧に彼らのような状態にまで導いてやる
ことはできなかったのです。

勿論、皆さん方の中には宗教を信じていらっしゃる方も多いでしょうし、
宗教を通して何らかの心の平安を得られた方もあるだろうと思います。
しかし既存の宗教がもたらす平安さというものも、大部分は不安になった
ときに作用する睡眠薬のような役割はするかもしれないが、本当の意味
での永遠なる平安は与えられずに終わっています。

今や人々の考える文明の中では、人々が作り上げた文明の中では、
そのような幸福を得ることはできないのだという考え方が徐々に
広まりつつあります。人間の限界のように見えるその人間的な
枠から抜け出さない限り、決して究極の平和、究極の幸福は
得られないものだからです。

これからの人類の文明に求められる方向は、まさしくこの究極の幸福
であります。これからは運命的に人類全体がその方向を追求し始めること
になるでしょう。それは、人間が人間の限界を自ら超克していかなければ
ならない当然の帰結としての方向であるからです。


「悟りの瞬間」素空慈著 塩田今日子訳 地湧社


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タグ:悟り 超験 幸福
posted by Only Sir at 11:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

輪廻を超えた永遠の生命


皆さんが何かについてああだこうだと言うとき、
その「何々」について言っているのだと思うかもしれませんが、
それはただ単に自分の信じている自分の世界を擁護しようと
しているにすぎません。

それこそが人間が不幸な理由です。
そこから争いが起こり、戦いが始まるのです。

皆さんは、それぞれ自分の眼識をもって世の中を生きています。
その眼識というやつは人によって違いはありますが、
たいして広いとは言えません。
皆さんは、皆さんの眼識をもって皆さんの幸福と喜びを
選択しています。皆さん方は当然、選択的な幸福しか
味わうことができません。
自分の知っている世界の中で自ら選択しているからです。

皆さんはレストランに行けば、大部分自分が一度食べたことの
ある物をまた食べることになります。また飲み屋であれ
喫茶店であれ、一度入ったことのある店には気軽に入りやすい
ものです。

同様に皆さんは店に入って商品を選ぶときにも、
自分が今まで使ってきた物を選ぶか、自分がやってきた
やり方で商品を選んでいます。

それがまさにカルマ、業というものです。
今皆さんの生きている人生は、皆さんの人生ではなく、
皆さんの業が作り出した業の人生なのです。

業が、作り出した業を通してまた業を作り出す
―それが何度も繰り返す―これが輪廻です。皆さんの持っている
自分の業が業を作り出し続ける世界、それを俗世と言います。

その輪廻の世界を抜け出せば、それが永遠の世界です。
万物は流転しているが、その流転の世界を抜け出したところ、
それが常の世界、永遠の世界です。

流転している変化無双の世界にこだわらないこと、
自分がその中にありながらもそれに巻き込まれないこと、
それこそが永遠の生命です。

その永遠の生命は人が言葉で説明するような推論的な存在
なのではなく、実際に皆さんの中に存在しているのです。
歴史上の多くの聖者たちが語り、『伝灯録』の数百人の禅師たちが
立証してきた世界が、まさにそのような永遠の生命なのです。


「悟りの瞬間」素空慈著 塩田今日子訳 地湧社


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posted by Only Sir at 16:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

本当の自由人となるために


皆さんが本当の自由を望むなら、今すぐそうなることもできます。
いかなる拘束にあってもそれに拘わらないこと、
いかなる業の輪廻にも巻き込まれないこと、それが本当の自由です。

自由とは自分のしたいようにすることではありません。
自分を拘束するものがどこにもなくて思うままに行動できる
ことではありません。

いかなる拘束にあっても、
いかなる環境、いかなる雰囲気の中に置かれても、
それに拘わらないこと、それから被害を被らないこと、
それから自由なこと、それが本当の自由です。


しかし皆さんが本当の自由人になろうとするなら、
どうあっても皆さんの業の世界から抜け出さなくてはなりません。
皆さんが変化する世界の中にありながら
変わりない自由を享受するためには、
皆さんがその世界を抜け出さなくてはなりません。

一旦そこから抜け出した後は、
いくらでも皆さんが身を置いている世界の中で、
風吹き波打つこの世界で、
自由に皆さんの人生を享受することができるでしょう。

あたかも波に乗るサーファーのように・・・・・・。


「悟りの瞬間」素空慈著 塩田今日子訳 地湧社



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タグ:悟り 超験
posted by Only Sir at 11:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

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