超験とは(1)


我々の心に様々な想念や考えが絶え間なく起こるように、
宇宙もまた、その本体の中で森羅万象という様々な作用と
現象を起こしている。

仏教では、我々の心の本体を性品、あるいは当体、本性と呼び、
その本体の作用によって様々な想念と考えが起こると言う。

宇宙も同じように、形態以前の世界を「空」と呼び、
空の作用によって起こる森羅万象の世界を「色」と呼ぶ。

だが、我々の心の中で起こる全ての考えは、
顕在意識によって知ることはできても、その本体は無意識のみに
存在するだけで、考えによって感じることはできない。

仏教では、このような理論によって「あぁ!そうなんだ」と
知ることのできる「知」を如来禅と呼び、
“直感を通じてその本体が感じられること”を「見性」、
または祖師禅と呼ぶ。

我々は、祖師禅によって、その本体を知る「智」のみを認め、
如来禅は認めていない。

仏教禅宗である為仰宗の香厳禅師は次のように言った。


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超験とは(2)


仏教禅宗である為仰宗の香厳禅師は次のように言った。

私に生まれつきの気質があり
一度にそれを知ることができた。
これを分からない者がいれば
僧と呼んではならぬな


ここで、一度にそれを知ったという「それ」は、
心の本体、即ち性品である。
生まれつきの気質とは、即ち生まれつきの直感を意味する。

このように祖師禅を通じて本体を知ることのできない人は、
僧生活をたたんでしまわねばならないという話である。

そこで為仰宗では、正しい修行を次の三つで説明した。

一つ目は、【機】
これは神聖な炎、あるいは神秘的な直感で
知ることのできる能力を指す。

二つ目は、【体】
これは機によって知った真の私、
即ち、固有の存在として本性、性品、またアートマンを言う。

三つ目は、【用】
これは悟った(見性)後、即ち、
本性を知った後に真の私(アートマン)から出てくる
行動と言葉を指す。


これまでの仏教や全ての宗教が追求してきた世界は、
まさに「真の私」を発見する道であった。

仏教では、この真の私の世界を「阿弥陀仏」と呼び、
起こる作用の現象世界よりも、それ以前の本質世界を
知ることによって、作用の世界で起こる全ての疑惑や
苦痛を解決せよと話した。

従って、この本性の世界を「中道」とも言った。
全ての作用は本性によって起こり、本性は現象世界の
根源であるため、どんな現象世界にも偏らないためには
本性に還らなければならない。

そこで、本性は全ての作用の中道であり、
心をこの中道に置くことを「三昧」と言った。


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超験とは(3)


考えは作用の世界であるので、我々は考え以前の本性を
考えでは知ることができない。

従って、考えの集中よりも、心を考え以前に
置くことによって、どんな考えも妨害することの
できない心の状態となる。

これが、即ち三昧である。

つまり、真の三昧境とは、
心をわざわざ空けて集中するのではなく、
心の作用に従って、本性に留まることを言う。

だが、この心の本性を直感によって直接知ることができず、
知識によって「空いている心」と誤って知り、
起こる心の作用を止めて、空っぽなところに留まろうとすれば、
それは即ち無知の中に溺れることであると、
六祖慧能は、戒め悟らせるために懇々と話した。


我々素空慈超験センターはもちろん、
根本的に「機」によって「体」を体得することを
基本としているが、結果的に「体」に留まることを
決してその目的とはしていない。

正しく為仰宗式に説明するとすれば、
「用」を使って無限なる創造力と生命力で
宇宙創造の業績を成すことをその目的とする。

従って、一生涯、経験によって業報を続ける生でなく、
「本質(体)」を通じて、全ての業報の障害から抜け出し、
「用」を通じて経験した「智」を展開して、
創造と達成を導く生を作っていくことをその目的とする。

そして、このように生きる生を、我々は「超験」と呼び、
超験は、経験の世界を乗り越えて、その「本体(体)」を
知り、本体の「生命力(用)」を通じて、経験の世界を
展開して、宇宙万物の創造を成すことにある。


太初に本性(体)があり、その本性から
全ての万物が創造されるために、我々はその本性を
知ることができる。

ただ、その本性は、理論的に頭脳で知るものではなく、
その実体を直接感じてこそ、真に知ることができるのである。


−素 空 慈−




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